
北海道の原野からこんにちは!
このページでは、元設備エンジニアの私が30代で大企業を辞め、電気・水・食料をゼロから自給する生活に至った「本当の理由」と「生活のリアル」をお話しします。
- 大企業の中堅エンジニアから、北海道・道南の原野(約2ヘクタール)へ単身移住
- 「平飼い養鶏(50羽)」×「41℃体内バイオリアクター」による食と命の自給
- オフグリッド太陽光発電・薪ストーブ・廃材DIYによる完全インフラ自給
- 資本主義を否定せず、田舎で最強の通貨「平飼い自然卵」を軸にした新しい生き方
36Lのザックと、マイナス8度の朝
北海道・道南エリアの豪雪地帯。
冬になれば氷点下は当たり前、見渡す限りの雪に覆われる約2ヘクタールの原野が、今の私の生活拠点です。
かつて私は、寝具も食具もすべて「36Lのザック一つ」に詰め込み、車中泊や野営を繰り返しながら日本中を旅していました。無駄なものを極限まで削ぎ落とし、自分の身体一つでどこでも寝泊まりできるミニマリズムの感覚が好きだったからです。

💡 ミニマリズムの真髄
荷物を極限まで削ることで、「自分にとって本当に必要なものは何か」が明確になる。36Lザックで氷点下の野営を乗り切った経験は、その後の原野開拓における『判断の軸』になりました。

車中泊でも、キャンプでも、登山でも。快適な睡眠環境を構築するために、大量の荷物は必要ありません。僕の野営スタイルは、「36Lのザック一つ」に全てを収めることから始まります。
しかし今、私は旅人ではなく、この厳しい北の大地にどっしりと根を下ろし、自分の手で鶏を育て、作物を植え、薪を割り、ソーラーで工具を動かしながら暮らしています。
「定年退職したら、のんびり田舎で畑でもやろうかな」
世間ではよくそんな言葉を耳にします。
ですが、はっきり言います。その年齢になってからでは、絶対に間に合いません。
私は20代〜30代の若さと体力をすべて注ぎ込み、大企業でのエンジニアとしての安定をスパッと手放してこの原野へ飛び込みました。
なぜ、私はそんな決断をしたのか?
世の中のシステム、スーパーに並ぶ食料、毎日届く電気代の請求書、そして「資本主義のレール」にどんな違和感を抱き、どうやって自分の力で生きる基盤を築き上げたのか。
綺麗事は一切書きません。
YouTubeのスマートな田舎暮らし動画では絶対に見せない「泥臭い開拓の現実」「命を締める生々しい感覚」、そして元エンジニアとして辿り着いた「お金に頼りすぎずに生き抜くための物理とスキルの循環」について、私の思考のすべてをここに記録します。
第1章:大企業の中堅エンジニアが「世の中の構造」に気付いた日
コロナ禍で露呈した「グローバルサプライチェーンの脆弱性」
私が自給自足の道を選んだ最大の決定打は、あの「コロナ禍」でした。
当時、私は製造業の大企業で、大型産業機械や生産ライン設備の保全・メンテナンス・修理を担当していました。電気回路、油圧、空圧、PLC制御、機械構造——初心者を抜け出し、中堅として大抵の現場トラブルを一人で解決できるようになり、心と時間に少し余裕ができた時期でした。
そんな折に起きた世界的なパンデミックと、都市機能の混乱。
設備の現場では「なぜ故障が起きたのか?(なぜなぜ分析・根本原因の追究)」を徹底的に叩き込まれます。その職業病が発動し、私は「なぜ世界中が一斉に同じ混乱に陥り、都市のインフラや流通がここまで脆く停止してしまうのか?」という社会構造の根本原因を、公的データや歴史的資料から徹底的に調べ始めました。
そこで見えてきたのは、感情論や陰謀論ではなく、「日本の食料とエネルギーがいかに海外の巨大システムに100%依存しているか」という冷徹な公の事実でした。
都市機能とグローバルサプライチェーンが一斉に停止。現代社会の脆弱性を痛感。
日本のカロリーベース自給率はわずか約38%。国民の食べる大半が海外依存。
農林水産省データ:濃厚飼料自給率はわずか約13%。卵や肉の命の源も海外頼み。
太平洋航路と輸入穀物に極端に依存し、国際情勢や物流寸断で一瞬で停止する構造リスク。
EUの予防原則による禁止と、日本のポストハーベスト農薬受け入れ基準の乖離。
他者依存のレールを降り、自分の手で物理的な自給基盤を築く決断へ。
■ 調べて突き当たった3つの決定的エビデンス
【長距離サプライチェーンの脆弱性と単一障害点(SPOF)】
- 私たちが口にする食料や家畜飼料の多くは、数千キロ離れた海外から長大な海上輸送ルートを経て運ばれている。
- 工場設備の世界では常識だが、「代替ルートのない単一の供給ライン(Single Point of Failure)」に頼るシステムは、感染症や地域紛争、燃料価格高騰、港湾ストライキが1つ起きただけで全体が停止する致命的脆弱性を抱えているという物理的事実。
「私たちが普段『安くて便利だ』と口にしている食べ物、信じ切っている電力や都市インフラは、ひとたび国際情勢や航路が止まれば一瞬で干上がる脆い土台の上に成り立っている」
これはオカルトや陰謀論ではなく、公文書と省庁統計を丹念に追えば誰でも辿り着ける「現実のシステムリスク」でした。
「このまま大企業に勤め続け、平日は働き、休日に遊んで、60歳の定年を迎えるまでこの脆弱なレールの上を走り続けるのか?」
「それとも、自分の手で井戸を掘り、ソーラーを繋ぎ、地域資源で鶏を育て、自分の食べるものとエネルギーを自給する人生を選ぶのか?」
幸運にも、私の家系には北海道に誰も住んでいない土地と古い家がありました。
両者を天秤にかけたとき、迷いはありませんでした。
「断然、こっち(自給自足)だよね」
こうして私は大企業を退職し、北海道の原野へと向かいました。
過去の経験に「無駄なもの」は1つもなかった
会社を辞めて田舎へ行くというと、「これまでのキャリアを捨てるのか」と言われることがあります。
しかし、実際に現場で暮らしてみて痛感したのは、「過去の趣味や仕事で無駄になったものは、本当に何一つなかった」ということです。
- 大企業での設備エンジニア経験:
- 電気、油圧、空圧、制御、機械構造の知識。これにより、配管の凍結対策、ソーラーシステムの配線、電動工具のメンテナンスまで、すべて業者を呼ばずに自力で解決できる。
- 登山と車中泊の旅:
- 36Lのザック一つで寝泊まりするサバイバル耐性と、「何が本当に必要な道具か」を見極めるミニマリズムの眼。
- ボルダリングとロープクライミング:
- ロープの取り扱い、結び方、体重を預ける支点の作り方。そして何より「高所にぶら下がることへの恐怖心」が完全にゼロ。
- この経験が、現在「木に登ってチェーンソーで高所伐採する作業」にそのまま直結しています。
一見バラバラに見えた過去の点と点が、この原野で一本の強靭な線として繋がったのです。
幻想を打ち砕く「現場の現実」:ゴミ山と森の開拓
しかし、意気揚々と乗り込んだ現場で待っていたのは、ロハスで優雅な田舎暮らしなどではありませんでした。

- コロナ禍での物流寸断: スーパーの棚から一瞬で食品・卵が消失
- 食料自給率の実態: カロリーベース自給率はわずか約38%
- 家畜飼料の海外依存: 濃厚飼料の国内自給率はわずか約13%
- エネルギー依存: 原油・天然ガスの9割以上を中東・海外からの輸入に依存
家の隣の土地には昔の家が建っていたのですが、それが完全に倒壊して巨大なゴミの山と化していました。木材、トタン、瓦礫、放置された生活用品……それらを一つひとつ分別し、撤去して更地に戻すだけで、丸1年近くの歳月が消えました。

さらに、畑にしようとした土地の9割は、10〜20年放置された「ほぼ森」の状態でした。

- ノイバラの群生: 太くて鋭いトゲが四方八方に伸び、服や皮膚を引き裂く。
- 2メートルを超えるイタドリ: 根が深く、刈っても刈っても生えてくる。
- 横に這うヤナギの巨木: まっすぐ生えていないため切り倒すのも一筋縄ではいかない。
- 3〜4メートルの笹竹: 密集して地面の光を遮る。
- ススキの硬い株: 地面にボコボコと盛り上がり、草刈機の刃を弾き飛ばす。
自然栽培の動画を見て「よし、畝を作ろう!」と意気込んで土を耕そうとしても、土壌を作る前の「開墾」の段階で凄まじい体力を持っていかれました。
「定年後にこんな暮らしを始めようなんて思っていたら、絶対に腰を痛めて挫折していたな……」
これが、ネットの綺麗な動画では決して映らない、自給自足の剥き出しのスタートラインでした。
ここからは、私がこの過酷な原野でいかにして「食・命・エネルギー・お金」の基盤を確立していったのか、その全プロセスと現場の思考を包み隠さずお伝えしていきます。
- 第2章:食と命の基盤 —— 卵の買い逃しから始まった「平飼い養鶏」と、命を締めるリアル
- 第3章:エネルギーとインフラの基盤 —— 「晴れていれば電気代タダ」のソーラー・電動工具エコシステム
- 第4章:生活コストの真実 —— なぜ私は「月1〜2万円」で絶対的な安心感を持って生きられるのか
- 第5章:私の思考の本質 —— 資本主義を否定しない。でも「お金だけじゃないつながり」で生きていく
第2章:食と命の基盤 —— 平飼い養鶏と相棒犬、命をいただく現場のリアル
卵の買い逃しが引き寄せた「運命の養鶏」
開墾を進める中で、私は畑だけでなく「鶏(養鶏)」をやりたいとずっと考えていました。しかし、餌の調達ルートや鶏舎の設計などハードルが多く、「まあ、数年後の先の話だな」と後回しにしていたのです。
そんなある日、実家に帰る道中で、いつも立ち寄っていた平飼い養鶏の無人販売ボックスがありました。10個入り500円。味が濃くて美味しく、通るたびに買っていたのですが、その日は夜遅くになってしまい、ボックスの中は空っぽでした。
「あー、売り切れか……」と車を止めて眺めていたところ、向かいの家から養鶏家のご本人がたまたま出てこられたのです。
「卵、欲しかったのかい? 家にあるから分けてあげるよ」
そうやって親切に卵を譲っていただき、立ち話で雑談をしていたとき、養鶏家さんがふと口にしました。
「実はね、もう歳だし、あと半年くらいで養鶏をやめようと思ってるんだよ」
その瞬間、私の頭の中で電結が走りました。
「えっ、そうなんですか!? そしたら、その廃鶏(親鶏)を一部、私に譲っていただけませんか!」
養鶏家さんは「お前がやってくれるなら喜んで譲るよ」と快諾してくれました(最終的にメス30羽、オス2羽の計32羽を引き取らせていただくことになりました)。
しかし、猶予は半年しかありません。
私はそこから大急ぎで資材を集め、図面を引き、突貫工事で鶏舎を建てて受け入れ環境を整えました。偶然の買い逃しから、私の養鶏生活は一気に現実へと動き出したのです。
ノーリードの犬に受けた衝撃と、セタちゃんとの出会い
その養鶏家さんの鶏舎を見学させてもらった際、私の人生観を揺るがすもう一つの強烈な光景を目にしました。
養鶏家さんが鶏舎へ向かうとき、飼っている犬がリードも紐もつけずに、自然と主人の後ろをトコトコとついて歩いていたのです。
誰が指示したわけでもないのに、その犬は養鶏家さんを守り、鶏舎の周りに現れるキツネ、テン、イタチ、ネズミといった害獣をすべて自発的に撃退・退治していると聞きました。
「人間と動物が、鎖で縛るのではなく、信頼と役割で繋がっている……めちゃくちゃカッコいいな」
その姿に強烈な衝撃を受け、「自分も鶏舎を守り、共に生きる相棒として犬を飼おう」と決意しました。
その後、YouTubeで日本の在来犬である「日本柴犬(縄文柴犬)」の存在を知りました。
現代の丸っこい愛玩犬のような柴犬とは違い、首が太く、手足が長く、野性味あふれる筋肉質な体躯。抜群の運動能力を持ち、主人に対して極めて忠実な気質。
「これだ!」と直感し、すぐにブリーダーに連絡を取ったところ、たまたま生まれたばかりの子犬がいるとのこと。そうして迎え入れたのが、現在の私の最高の相棒であるセタちゃんです。
【驚愕のBefore / After:同じ画角の開拓記録】
実は、先ほどの第1章でお見せした「倒壊した廃屋の瓦礫と鬱蒼とした木々に埋もれていたあの現場」と、現在の鶏舎が建っている場所は【全く同じ画角・同じ位置】です。

⬇️ 自分の手でゴミを撤去し、木を伐採し、鶏舎を建てた現在

スーパーのパック肉を見る目が変わった日
現在、私は平飼いで鶏たちを育てています。
毎朝鶏舎へ行き、健康状態を確認し、産卵箱から温かい卵を回収する。その営みの中で、私は自分の手で鶏を屠殺し、解体して命をいただくこともあります。


自分で鶏の首を落とし、羽をむしり、温かい内臓を取り出して肉にする経験をしてから、スーパーの精肉コーナーに対する見え方が180度変わりました。
スーパーに並ぶ「手羽元 8本入り」のパック。
それを見た瞬間、頭の中で「うわ……これだけで4羽分の命が入っているんだ」と即座に計算してしまうのです。
「鶏ハツ(心臓)」のパックを見れば、「これだけのパックで、一体何十羽の鶏の命が詰まっているんだ?」と、胸の奥がザワつきます。
現在、EUではアニマルウェルフェア(動物福祉)の観点から、鶏を狭いワイヤーケージに閉じ込める「バタリーケージ飼育」が法律で完全禁止され、平飼い(放し飼い)やエイビアリー方式への移行が義務付けられています。しかし、日本国内ではいまだに9割以上の採卵鶏が、一生羽を広げることもできない過密なケージの中で、効率と採算のためだけに卵を産み続けています。
「人間は、この命の背景と国際基準の現実を『知らない』まま、ただ安さだけで肉や卵を消費している。知らないって、本当に恐ろしいことだな」
もちろん、私も現代社会で生きている以上、スーパーの肉を一切買わないような極端な原理主義者ではありません。外食もすれば、買うこともあります。
しかし、「命をいただくことの重みと痛み」を物理的に知っているか否かで、食べ物に対する向き合い方は根本から変わります。
輸入飼料に頼らない「0円飼料」の地域循環
養鶏を始めるにあたり、私が絶対にやりたくなかったのが「市販の配合飼料を買って与え続けること」でした。
市販の鶏用飼料の約半分以上を占める輸入トウモロコシは、海外で大量生産された穀物が主流です。さらに、太平洋を数週間かけて海上輸送されるため、品質保持のための薬剤散布リスクや、国際為替・海上運賃の高騰といった外部リスクをダイレクトに受けます。
「巨大な外部の工業農業と長距離輸送インフラに依存する生活から抜け出すために北海道へ来たのに、鶏の命の源(エサ)を再び海外の相場や国際物流に握られてしまっては、根本的な自立にならない」
そう考えた私は、地域の米農家さんや大豆・麦を育てている農家さんと積極的に関係を築いていきました。農作業を手伝ったり、コミュニケーションを重ねる中で、
- くず米(粒が小さく商品にならない規格外の米)
- 米糠(精米時に出る栄養豊富な副産物)
- 大豆の選別くず
- 魚のアラや鶏ガラ
といった、地域で廃棄・余剰となる資源を譲っていただける環境を作りました。
自然養鶏のバイブル『自然卵養鶏法』(中島正 著)からは、「腹八分を基準にエサの追加を見極めること」や「無理に産卵率を上げず、鶏自身の生命力と寿命を最優先にすること(腹八分産卵)」という根本哲学を深く学び、今でも日々の飼育の絶対的な指針にしています。
しかし、本の中で推奨されている「人間が毎日手間暇かけて仕込む発酵飼料(ボカシ)」についてだけは、私は現場で別の結論に至りました。
「外で発酵させようが、体内で発酵させようが同じじゃないか?」
北海道の極寒期に外で発酵温度を管理するのは至難の業ですし、夏は腐敗のリスクがある。人間が手間暇かけて外で管理するくらいなら、鶏にそのまま食べてもらえばいい。
実は、鶏の体温は約41℃。首元の「嗉嚢(そのう)」は天然の乳酸発酵タンクであり、下腹部にある左右一対の「盲腸」は繊維を分解して熱とエネルギーを生み出す嫌気性バイオリアクターそのものです。糠がついたくず米や籾殻をそのまま食べれば、彼女たちの温かい胃袋の中で勝手に極上の発酵が始まります。
だから私は、混ぜたりこねたりせず、素材をそのまま置く「単給(素材ごとの自由選択)」スタイルを貫いています。白米ではなく糠のついたくず米、水で戻した丸大豆、籾殻、そしてハウス鶏舎(平飼い)から畑へ放し飼いにして自ら捕まえる青草や虫。
何の栄養がどれだけ足りないかは、人間よりも「本人(鶏)」が一番よく分かっているからです。
餌代は完全に0円。
中島正氏の「腹八分で鶏を生かす」哲学を受け継ぎながら、エサ作りは外での発酵を手放して鶏本来の野生の消化力に委ねる。海外の輸入穀物相場や円安・物流停止に一切左右されることなく、地域の余剰資源を最高品質の自然卵に変え、その鶏糞を畑の土へと還す完全なローカル循環が完成したのです。
第3章:エネルギーとインフラの基盤 —— 「晴れていれば電気代タダ」の安心感
ソーラーパネルと電動工具の完全エコシステム
食料の自給と並び、自給自足の柱となるのが「エネルギー」です。
現在、私は太陽光パネル(ソーラー)とバッテリーを組み合わせた電力システムを運用しています。完全に電柱からの電気を断ち切った完全オフグリッドとまではいかなくても、「自前で電気を生み出せる設備がある」という安心感は、生活の質を劇的に変えます。



特に絶大な威力を発揮しているのが、作業工具の完全電動化(マキタ等のバッテリーエコシステム)です。
- 電動草刈機
- 電動チェーンソー
- 各種電動インパクト・グラインダー
これらはすべて、晴れてさえいればソーラーから充電するため、燃料費・電気代が完全に「タダ(0円)」です。
ガソリンエンジンの草刈機やチェーンソーだと、使うたびに混合ガソリンを買いに行き、ガソリン代を気にしながら作業しなければなりません。しかし電動であれば、太陽が出ている限り、いくら木を切ろうが、何時間草を刈ろうが、コストは1円もかかりません。
初期投資としてのバッテリー代などはかかりますが、「万が一、社会情勢の悪化でガソリンスタンドに燃料が入らなくなっても、自分の敷地の整備や薪作りは太陽光で淡々と続けられる」という強靭なバックアップ体制ができています。
マイナス15℃の冬を乗り切る「薪熱源」
北海道の冬は過酷です。真冬はマイナス10℃〜15℃まで冷え込みます。
こんな環境で電気ヒーターやエアコンに暖房を頼れば、毎月の電気代の請求書は恐ろしい額になります。

- 嗉嚢(そのう): 食べた穀物や草を一時保管し、唾液と41℃の体温で一次発酵を促す
- 砂嚢(砂肝): 飲み込んだ小石で粗い穀物・繊維を物理的に強力粉砕
- 盲腸発酵: 2つの盲腸に住む土着微生物がセルロースを分解し、ビタミン・アミノ酸を合成
- 自家製発酵床: 鶏糞と籾殻・米糠が自然発酵し、冬でもポカポカの無臭床材へ循環

「50羽も飼っていたら、掃除が大変でしょう? 臭いもすごいのでは?」よく心配されますが、実は我が家の鶏舎、掃除をしたことがありません。中でご飯が食べられるほど無臭です。

「ニワトリの餌、毎月いくらかかってるんですか?」50羽も飼っているとよく聞かれますが、正直に答えると驚かれます。基本は「0円(頂き物)」。足りなくなった時にくず米を買う程度です。
私の冬の主熱源は「薪ストーブ」です。
敷地内の開墾で切り倒した木や、地域の不要な間伐材を玉切りし、薪としてストックしておく。

💡 自給エネルギーの黄金律
「自前で発電できる太陽光」×「安全で超長寿命なLiFePO4蓄電池」×「電動工具・薪ストーブ」。この組み合わせにより、化石燃料や外部電力網への依存を限界まで断ち切ることができます。

電力会社に頼らず、太陽の光だけで電動工具を動かし、生活家電をまかなう。素人からスタートした小屋の独立型太陽光発電システムの全貌と機材構成を公開します。

北海道の冬を乗り切るための唯一にして最大のエネルギー源「薪」。豪雪と湿気から薪を守り抜くために廃材で創り上げた要塞薪棚の設計図と工夫の全記録です。
薪ストーブに火を入れれば、部屋全体が体の芯から暖まるだけでなく、ストーブの側面排熱(約45℃)を利用して低温に弱いバッテリーの保護や乾燥スペースとしてフル活用しています。
「外の世界でどんなインフラトラブルが起きようと、我が家には火があり、電気があり、暖がある」
この物理的な手触りこそが、何物にも代えがたい精神の安定剤になります。
第4章:生活コストの真実 —— 月1〜2万円で生きられる「絶対的な生存ベース」
「月1〜2万円で暮らせる」という最強の自由
現在、私は会社員としてどこかに雇われて給料をもらうような働き方はしていません。
実際の生活費は、月1万円〜2万円程度で収まっています。
- 食費: 卵、自家製野菜、保存食、地域からの頂き物で大部分をカバー(スーパーで買うのは調味料や最低限の食材のみ)。
- 光熱費: 薪ストーブによる暖房、ソーラー電力の活用で最小限。
- 家賃: 持ち家(空き家をDIY改修)のためゼロ。
もちろん、これは現在独身であるからこそ成り立つミニマムな数字であり、「将来のことを考えれば、もうちょっと事業として稼がなきゃな」という気持ちは当然あります。
しかし、ここで最も重要なのは金額の多寡ではありません。
「いざとなれば、月1〜2万円あれば人間は悠々と生きていける」という絶対的な生存ベースラインを身体で知っていることです。
都会の大企業にいた頃は、高い家賃、日々の外食費、付き合いの飲み会、毎月の固定費を支払うために「来月も絶対に会社を辞められない」という見えない鎖に縛られていました。
その生活防衛費の呪縛から解き放たれ、「最悪、地域のお手伝いをして米や野菜をもらえれば、飢え死にすることは絶対にない」という確信を持てたこと。
これこそが、資本主義社会の中で私が手に入れた「最大の精神的自由」です。
第5章:私の思考の本質 —— 資本主義を否定しない。でも「お金だけじゃないつながり」で生きていく
安易な真似はおすすめしない(私の生き方の真実)
ここまで私の生活を書いてきましたが、読者の皆さんに「明日すぐ会社を辞めて北海道の山奥へ移住しよう!」などと安易に勧めるつもりは毛頭ありません。
私の現在の生活は、たまたま家系の土地と空き家があったこと、大企業で培った設備・電気の技術があったこと、ボルダリングや登山の経験があったこと、そして様々な人との偶然の出会いが重なって成り立っている「一本の綱渡りの結果」だからです。
何の準備もスキルもなく飛び込めば、ゴミの片付けと寒さと草木の生命力に圧倒されて、間違いなく心を折られます。
では、なぜ私はこの文章を書いているのか?
それは、「生き方の選択肢は、資本主義の会社員だけではない」という事実を伝えたかったからです。
資本主義は否定しない。でも「お金だけじゃないつながり」で生きていく
私が考える理想の暮らしは、全員が山奥にこもって一人で自給自足することではありません。それではただの孤立です。
また、私は資本主義をヒステリックに全否定して「お金のない世界を作ろう!」なんて言うつもりも毛頭ありません。
なぜなら、太陽光パネルも蓄電池も、単管パイプもビス1本も、チェーンソーの替え刃も、資材や材料を揃えるにはどうしてもお金がかかるからです。お金というツール自体は合理的で便利ですし、私自身、自分の技術や労力を提供して、報酬としてちゃんとお金をいただくことも当然あります。
でも、「お金を払えば解決する」「いくらもらえるからやる」という、損得勘定と数字だけで割り切る関係性ばかりでは、どこか寂しいし、いざという時に脆いと感じるのです。
都会にいた頃の私は、便利さと引き換えに「隣に誰が住んでいるかも知らない」「困ったときに本音で頼れる人がいない」という孤独を抱えていました。
だからこそ、私は「お金も道具として使いながら、それ以上に『人との温かいつながり』を大切にする生き方」を選びました。
現在、地方や田舎には高齢化が進み、現場には切実な困りごとがたくさん転がっています。
- 「庭の木が大きくなりすぎて危ないから切ってほしい」
- 「腰が痛くて草刈りや畑の手入れが追いつかない」
- 「屋根の雪下ろしが高くて怖くてできない」
- 「納屋の電気や配管が壊れたけれど直せない」
そこに、大企業で培った設備・電気の技術や、体力、道具を持った私が手を差し伸べる。
報酬として正当なお金をいただくこともあれば、「いつも助かるよ」とお米や野菜をいただくこともあります。
そして、ここで「鶏を飼っていること」が信じられないくらい強い武器になるのです。
田舎では、ほとんどの家が当たり前のように家庭菜園をやっています。
だから、近所付き合いでお礼や物々交換をしようとしても、野菜だと「うちも畑で採れすぎて困ってるんだよね(笑)」となってしまうことが多い。
でも、「平飼いで元気に育った新鮮な自然卵」を持っている人は、まずいません。
毎日食べる身近な食材でありながら、スーパーの卵とは味も濃さもまったく違う極上の卵。
手伝いのお礼や日頃の感謝として「これ、うちの鶏が産んだ卵です」と持って行くと、おじいちゃんもおばあちゃんも、農家さんも、びっくりするほど喜んでくれます。
卵が「人と人とをつなぐ温かいパス」になり、単なる作業の受発注を超えて、「ケッチ君、寒くなってきたけど薪は足りてるかい?」「何かあったら言ってね」と、家族や親戚のような信頼関係が深まっていく。
「お金という現実的なツールも大切にしながら、お金では決して買えない『顔の見える人のつながり』を足元に築くこと」。
不況や災害が起きても、通帳の数字だけでは寒さも飢えも防げません。
でも、「困ったときはお互い様」と笑い合える人のつながりと、自前で生み出せる電気と火、そして鶏と土があれば、人間はどんな時代でも笑って生きていける。
これこそが、私が北海道の原野でたどり着いた、一番しなやかで強靭な生き方の本質です。
おわりに:足元の土を、1ミリ耕すことから始めよう
コロナ、食品添加物、農薬、流通の混乱、エネルギー危機、資本主義の先行き……。
テレビを見れば、不安を煽るニュースが毎日のように流れています。
しかし、テレビの前で怒ったり、SNSで政治や社会の文句を書き連ねたところで、あなたの暮らしは1ミリも良くなりません。
社会を批判する暇があるなら、
自分の手でベランダのプランターに種を1つ蒔いてみる。
壊れた道具を捨てずに、構造を調べて自分で直してみる。
週末にロープワークや工具の使い方を1つ覚えてみる。
「消費する側(依存する人間)」から、「生み出す側(自立する人間)」へ、ほんの1ミリだけ軸足を移すこと。

⚠️ 現場で味わったリアルな試練
マイナス15度の猛吹雪による水道配管の凍結、イタドリの驚異的な生命力、鶏たちの中雛時代の脱走劇。机上の計算やマニュアル通りには決して進まない「自然の洗礼」を浴び続けました。
🌱 身体性の獲得
頭でっかちな知識を捨て、寒さで悴む手と道具の感触を通じて得た「土地との対話」。失敗の数だけ現場の解像度が上がり、何が起きても自力でリカバリーできる確信へと変わりました。
その小さな手触りの積み重ねこそが、どんな時代が来ても揺るがない、あなた自身の「最強の基盤」になります。
マイナス8度の北海道の原野から、私は今日もセタちゃんと共に、自分の手で暮らしを作り続けます。
*(原稿制作:ケッチAI自律組織 / 監修:ケッチ)*
よくあるご質問(自給自足・養鶏・生活のリアル)
- 北海道の豪雪・マイナス15度の冬、水道や寒さはどう耐えているのですか?
-
廃材を活用した自作薪棚の薪ストーブを主暖房とし、水道は完全水抜き構造をDIY施工しています。鶏舎も無加温ですが、土着菌の発酵床(熱源)と無風・乾燥管理により、50羽全員が凍傷も病気もなく元気に冬を越しています。
- 生活費や収入、固定費はどうなっているのですか?
-
電気代・暖房代・食費の大部分を自給しているため、基礎生活費は月数万円程度に抑えられています。過去の知見や実践マニュアル(note)の発信、道具のメンテナンスサポートなどを通じて、無理のない自立した経済基盤を確立しています。
- 市販のヒヨコを買わず、なぜ有精卵から自家孵化させているのですか?
-
外部の種鶏場や流通に頼ってしまうと、有事の際に養鶏が止まってしまうからです。自分の手で有精卵を温め、孵化させ、命を繋ぐことで、完全な「自給のサイクル」を自分の拠点内で完結させています。
北海道の原野・豪雪地帯で鶏たちや柴犬「セタ」と暮らすリアルな自給自足生活、DIYの進捗やショート動画を各SNSで毎日お届けしています。ぜひ気軽にフォロー&交流してくださいね!🌾🐓
🛠️ ケッチが実際に使っている現場道具・資材一覧
北海道の豪雪地帯での養鶏(50羽)・DIY・開墾で、マイナス15度の極寒でも本当に壊れず役立った「本物の道具・資材・防寒ギア」だけを楽天ROOMにまとめています。
